第090章 Sonyは何を再定義したのか?
Sonyは何を再定義したのか。この問いに「復活した日本企業である」と答えるのは、物語を分析と取り違えている。復活とは、元の場所へ戻ることである。しかし同社は元の場所へ戻っていない。本章が確かめるのは、事業の集合体が何を軸に一つの企業へ書き換えられたのかである。第IX巻・第X巻で唯一の日本企業だが、読み方は他の事例と変わらない。私たちは移せることと移せないことを分けて書く。礼賛は分析ではない。
1 この企業の何が問いに値するのか
まず数字を置く。ただし数字は結論ではない。
2025年度(2026年3月期)の連結売上高は12兆4,796億円、前年度比4%増だった。営業利益は1兆4,475億円、同13%増。いずれも過去最高である。営業利益率は10.6%から11.6%へ上がった。継続事業の当期純利益は1兆309億円だった(2026年5月8日発表の決算資料および米国証券取引委員会提出のForm 6-K)。
一方、親会社の株主に帰属する当期純損益は3,269億円の損失である。金融事業を非継続事業として処理した会計上の影響が大きい。同じ一年に、過去最高益と最終赤字が並んだ。この並びこそ、この企業の現在地を示している。
続く2026年度第1四半期(2026年6月30日終了)は、売上高2兆8,378億円、営業利益4,765億円だった。第1四半期としては過去最高である(2026年7月31日発表)。通期見通しも上方修正され、売上高12兆5,000億円、営業利益1兆7,200億円となった。
この企業が問いに値する理由は三つある。
第一に、事業の組み合わせが説明を拒む。ゲーム&ネットワークサービス、音楽、映画、エンタテインメント・テクノロジー&サービス、イメージング&センシング・ソリューション。売上高の並びは、2025年度でゲーム4兆6,857億円、ET&S 2兆2,605億円、I&SS 2兆1,515億円、音楽2兆1,201億円、映画1兆4,993億円である。教科書的な事業ポートフォリオ理論では、この組み合わせは正当化しにくい。
第二に、長く抱えてきた金融事業を、2025年10月1日付で手放した。ソニーフィナンシャルグループの株式の80%強を株主へ現物配当し、20%弱を保有し続ける。パーシャル・スピンオフと呼ばれる形式である。
第三に、これらが日本の制度と労働市場のなかで起きた。労働市場の流動性が高い環境で起きた転換は、条件が違うと片付けられる。この転換は、流動性の低い制度のなかで起きている。制度を言い訳にする余地が、その分だけ小さい。
2 通説とその限界
この企業について、いま流通している説明が三つある。いずれも部分的には正しい。しかし、いずれも肝心なところを取りこぼす。
通説1「一度沈み、そして復活した会社である」
最も広く語られる物語である。二〇〇〇年代の不振があり、構造改革があり、いま最高益に至った。事実として、業績は改善した。
しかし、この物語は決定的な問いに答えられない。何から何へ戻ったのか、である。復活という語は、原状回復を含意する。だが現在の収益構造は、かつてのそれと似ていない。エンタテインメント三分野が連結売上高に占める比率は、2012年度の約30%から2025年度には約67%へ上がった(Business Insider Japan、2026年5月)。これは回復ではない。別の企業になったということである。復活の物語は、変化の中身を隠してしまう。私たちが問うべきは、回復の速度ではなく、書き換えの内容である。
通説2「エンタテインメント企業になった会社である」
比率を根拠にした説明である。売上の約七割がエンタテインメント領域なのだから、そう呼べばよい、という主張である。
しかし、この説明では二つの事業が浮く。イメージング&センシングと、ET&Sである。I&SSは2025年度に売上高が前年度比20%増、営業利益が同37%増と伸びた。この分野は、エンタテインメントの下位概念ではない。さらに、2026年7月30日、タムロンはソニーグループから完全子会社化の提案を受領したと公表した。特別委員会を設置して検討中であり、提案に法的拘束力はないとされる。同社はすでにタムロン株の15.35%を保有する筆頭株主である(2025年12月31日時点)。この動きは、エンタテインメント企業という括りでは説明できない。
通説3「選択と集中を実行した会社である」
金融の分離を根拠にした説明である。非中核事業を切り、中核へ資源を寄せた、という読み方である。
だが、選択と集中の論理でこの企業を読むと、矛盾が残る。ゲーム、音楽、映画、半導体を同時に抱え続けることは、集中の反対だからである。しかも2025年度には、Bungieの無形資産などについて通期で1,201億円の減損を計上している。集中の物語では、この失敗が説明されない。
選択と集中は、事業の数を問う枠組みである。この企業が変えたのは、事業の数ではない。
三つの通説に共通する欠落三説はいずれも「この会社は何を売る会社か」を問うている。しかしEnterprise Redefinition(企業再定義)の第二次元が問うのは、「何を売るか」ではない。「どんな価値を提供するか」である。
問いを立て替えると、見えるものが変わる。この企業が異なる事業を同時に抱えられる理由は、事業の親和性ではない。事業をまたいで通用する一つの単位を、経営の言葉として定めたことにある。
3 何を再定義したのか — 五次元の分析
Enterprise Redefinitionの五次元に沿って読む。順序は正典に従い、Purpose、Business、Organization、Capital、Leadershipとする。ここで扱うのは公開情報から読み取れる範囲であり、内部の意思決定を断定するものではない。
Purpose — 事業をまたぐ共通の単位を定めた同社は2019年、Purposeを「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。」と定めた。同時に四つのValuesが置かれた。夢と好奇心、多様性、高潔さと誠実さ、持続可能性である。
制定の過程は公開されている。2018年にCEOへ就任した吉田憲一郎氏が同年7月に社内へ呼びかけ、約半年をかけて全世界の従業員から意見を集めた(日経クロストレンド)。経営層だけで決めた文言ではない。社内調査では従業員の8割以上が肯定的に受け止めたと報じられている。
ここで注目すべきは、Purposeが「感動」という単位を置いたことである。ゲームも音楽も映画もセンサーも、この単位で語れる。事業の集合体が一つの企業になるとは、共通の会計単位を持つことではない。共通の価値単位を持つことである。
正典が述べるとおり、Core Purposeは安定したまま、その表現と実現方法が進化することがある。同社の芯は、技術で人の感覚に働きかけることにあったと読める。2019年の文言は、その芯の言語化だと理解できる。Business — モノの販売から、関係の継続へ事業次元の書き換えは、比率よりも収益の型に現れる。
ゲーム分野の2025年度営業利益は4,633億円で過去最高だった。Bungie関連の減損を除いたベースでは、前年度比45%増となる(4Gamer、2026年5月8日)。PlayStationの月間アクティブユーザーは1億2,500万アカウントで過去最高を記録した。一方、PS5の年間販売台数は1,600万台で前年度の1,850万台から減った。
台数が減り、利益とユーザー数が増えた。この非対称が、事業次元の書き換えを示している。売っているのは装置ではなく、継続する関係である。
同じ転換は、より鋭い形でも表面化した。2026年7月1日、ソニー・インタラクティブエンタテインメントは、2028年1月以降に発売する新作のディスク版生産を終了すると発表した。理由として、デジタルへの需要が物理ディスクを大きく上回っている点を挙げている。物流と小売を前提にした事業形態を、自ら終わらせる決定である。
音楽分野も同じ方向にある。2025年度の売上高は2兆1,201億円、営業利益は4,470億円だった。売上は前年度比15%増、営業利益は同25%増である。作品を売り切る事業から、カタログを保有し続ける事業へ重心が移っている。
Organization — 境界が企業の外へ延びている組織次元では、外部との資本関係が組織の一部として機能している。2024年12月、同社はKADOKAWAへ約500億円を追加出資すると発表した。2025年1月7日の第三者割当を経て、約10%を保有する筆頭株主となった。目的として、両社が持つIPの価値をグローバルで最大化することが挙げられている(KADOKAWA・ソニー連名の発表)。
アニメ配信のCrunchyrollは、会員数が2023年度の約1,300万人から2026年3月には約2,100万人へ増えた(2026年度経営方針説明会の報道)。制作、権利、配信、商品化が、社内外の主体をまたいで一つの流れになっている。
正典が定義するとおり、組織とは人の集合ではない。人・AI・パートナー・大学・顧客からなる価値創造システムである。同社の組織は、この定義に近い形をしている。ただし、境界が外へ延びるほど、統制は難しくなる。Bungieの減損は、その難しさが表面化した例と読める。Capital — 平準化装置を手放し、IPへ寄せた資本次元が、この事例で最も重い。
同社は2025年5月に金融事業のパーシャル・スピンオフの方針を確定し、同年10月1日に実行した。ソニーフィナンシャルグループは東京証券取引所プライム市場へ直接上場した。株式の80%強を株主へ現物配当し、20%弱を保有し続ける形である。
金融事業は、景気変動に対する平準化装置でもあった。それを手放すという判断は、収益の安定性を下げる方向に働く。実際、2025年度の最終損益は会計処理の影響で赤字になった。
同時に、資本の配分先は移っている。音楽カタログ、IPへの出資、映像制作、そして半導体である。第一原理の第三項は、Capital Exists to Create Possibility. と述べる。資本は可能性を創るために存在する。この事例で観察できるのは、安定を担保する資本を減らし、可能性を創る資本を増やす向きの配分である。
正典の第三の方程式は、資本を次のように定義する。
Future Capital = Financial × Human × Learning × Trust × AI × Knowledge ×Ecosystem × Purpose掛け算である。一つでもゼロなら全体がゼロになる。同社の場合、Knowledge と Ecosystem と Purpose の項が長期にわたって積み上がった。財務資本の外側に価値の重心がある。
Leadership — 個別事業の指揮から、編集へ経営次元での書き換えは、意思決定の対象に現れる。
2026年度経営方針説明会で、十時裕樹CEOはAIについて「これは単なるツールであり、アーティストやクリエイターを置き換えるものではない」と述べた(ITmedia、2026年5月11日)。ソニー・ピクチャーズは技術基盤に5,000万ドル超を投資し、PlayStation Networkなどでも利用者向けのAI機能を検討しているとされる。
この立場は、Human-on-the-Loop経営の考え方と重なる。AIを監視することが要点ではない。人間の創造性が働く場所を、システム設計として先に決めることが要点である。第一原理の第四項は、AI Optimizes. Humans Define. と述べる。
正典の第四の方程式は、経営を次のように定義する。
Leadership = Purpose × Question Design × Capital Allocation × System Architecture × Trust同社の経営で目立つのは、Purpose と Capital Allocation の項である。何を残し、何を出すかを決める。事業を運営することではなく、事業の集合を編集することが仕事になっている。
4 構造 — 成熟度と価値連鎖
4.1 企業再定義成熟度モデルのどこに位置するか
企業再定義成熟度モデル(Enterprise Redefinition Maturity Model: ERMM)は、五つの水準を置く。受動型企業、改善型企業、変革型企業、継続的再定義企業、未来価値企業である。
公開情報から読み取れる範囲では、同社の成熟度は次元によってばらつく。断定はできないが、次のように限定して述べることはできる。
パーパスの次元では、成熟度は高いと読める。評価の問いは、コア・パーパスを定期的に再検討し、組織アイデンティティを不必要に弱めることなくその表現を適応させているか、である。2019年の文言は芯を変えずに表現を更新した例と読める。
事業の次元では、継続的再定義企業に近い挙動が観察される。ディスク流通の終了は、外部から強制される前の自己再設計である。ただし全事業が同じ速度で動いているわけではない。ET&Sは2025年度に売上高が前年度比6%減、営業利益が同17%減となった。この分野に限れば、改善型企業の記述に近い状態が残る。
資本の次元では、金融の分離とIPへの配分が、未来価値に向けた配分と読める。一方で、Bungieの減損とEV事業の中止は、配分の精度が高いことを意味しない。経営の次元は、外部から十分に観察できない。
ここで正典の注記を思い出したい。企業再定義成熟度モデルは孤立した卓越性ではなく、組織の一貫性を評価する。AI能力がレベル4でありながら、リーダーシップがレベル2にとどまる組織はありうる。同社を単一の水準に置くこと自体が、モデルの誤用である。
そして、レベル5への最速到達を目的にしてはならない。業種と環境によって適正水準は異なる。
4.2 Future Value Chain のどこで価値が生まれたか
正典が定める因果の順序は次のとおりである。
Purpose → Learning → Redefinition → Creation → Enterprise Valueこの順序に同社の七年を重ねると、価値の発生地点を特定できる。
起点はPurposeである。2019年に「感動」という単位が置かれた。次にLearningが来る。ゲームのネットワーク化、音楽のストリーミング化、アニメの世界流通という環境変化を、同社は各事業で学習した。
Redefinitionは、その学習が事業の境界を書き換えた段階である。金融の分離、IPへの出資、物理流通の終了は、いずれもこの段階に属する。Creationはその後に来る。2026年度第1四半期の過去最高益は、最後に現れた結果である。
Enterprise Valueは最後に来た。順序を入れ替えて読んではならない。
財務数値から遡って理由を探すと、私たちは必ず結果を原因と取り違える。
この構造は、第二の方程式でも確認できる。
FVCC = Purpose × Learning × Redefinition × AI Integration × Ecosystem ×Capital Allocation × Trust七つの項の掛け算である。同社の場合、PurposeとEcosystemとCapital Allocation が同時に高い値を保った。どれか一つがゼロだったなら、他の六項がいくら大きくても全体はゼロになっていた。
4.3 時間という項
第五の方程式は、時間を独立の項として置く。
Future Value = Future Time × Future Capability同社の音楽カタログや映像権利は、数十年単位で価値を生む資産である。Future Time が長い資産に資本を寄せる行為は、この方程式の右辺を大きくする。
Value Equation も同じことを述べている。
Value = Purpose × Trust × Capability × Time Time はここでも掛け算の一項である。この事例から取り出すべきは、事業の選択ではなく、時間の扱いである。
5 実像 — 転換点と、何を捨てたか
再定義とは、何かを足す行為ではない。何を守り、何を手放すかを決める行為である。転換点を、捨てたものとともに並べる。
転換点1 — 2019年、Purposeの制定事業ごとにばらばらだった目的の言葉を、一つに揃えた。捨てたのは、事業部ごとの独自の正当化である。共通の単位を持つことは、各事業が自分の言葉で自分を守る自由を減らすことでもある。
転換点2 — 2025年、金融事業の分離2025年10月1日、ソニーフィナンシャルグループが分離・上場した。捨てたのは、景気変動に対する平準化装置である。連結の安定性は下がる。会計上の処理により、2025年度の最終損益は3,269億円の損失となった。この判断は、短期の財務指標を悪化させる種類の判断である。Future Valueを創る意思決定は、しばしばそうなる。四半期の企業価値だけを守る経営には、構造的に選べない。
転換点3 — 2026年、EV事業の中止2026年3月25日、ソニー・ホンダモビリティは「AFEELA 1」および第2弾モデルの開発と発売の中止を発表した。同年4月21日には、ソニー、Honda、および同社が今後の事業の方向性について合意したと公表された。EV関連では総額563億円規模の損失が計上されたと報じられている(Business Insider Japan、2026年5月)。捨てたのは、移動空間を新しい感動の場にするという構想の、車両を自ら作る部分である。これを失敗と呼ぶことは容易である。しかし私たちが確認できるのは、始めたことを終わらせたという事実だけである。
転換点4 — 2026年、物理ディスクの終了2028年1月以降の新作について、ディスク版の生産を終了する。捨てたのは、小売店頭という接点と、中古流通を含む物理的な生態系である。この決定には反発もある。署名活動や消費者団体からの批判に対し、同社は受け止める姿勢を示しつつ方針を維持していると報じられている(Game*Spark、2026年7月31日)。
残る課題ここまでを踏まえ、私たちは四つの課題を挙げる。
第一に、平準化装置の不在である。金融を外した以上、エンタテインメントと半導体の変動が、そのまま連結の変動になる。IPの当たり外れは制御できない。Bungieの1,201億円の減損は、その脆さの実例である。第二に、物理的な集中である。2026年7月28日に発生した熊本県熊本地方を震源とする地震により、ソニーセミコンダクタソリューションズの熊本テクノロジーセンターは生産活動を停止した(2026年7月29日発表)。感動を届ける会社であっても、その基盤は具体的な建屋の上にある。
第三に、ET&Sの位置づけである。この分野の縮小が続けば、技術の内製基盤が痩せる。タムロンへの買収提案は、この基盤を補う動きとも読めるが、成否は確定していない。
第四に、AIとクリエイターの緊張である。AIを道具と位置づける表明は明快である。しかし制作現場での実装が進めば、雇用と権利の問題は必ず具体化する。表明と実装の距離は、まだ埋まっていない。
これらはいずれも進行中の論点であり、断定はできない。私たちに言えるのは、同社の転換が構造的であると同時に、条件付きだということである。
6 何が移せるのか、と経営者への問い
この事例から何を取り出せるのか。そして、何を取り出せないのか。両方を書く。
取り出せること1 — 共通の価値単位を持つこと。 多角化した企業が一つの企業になるのは、事業の親和性によってではない。事業をまたいで通用する単位を、経営の言葉として定めることによってである。同社の場合、それが「感動」だった。自社にとってのその一語を、経営会議で言えるか。
取り出せること2 — 終わらせる意思決定。 金融、EV、物理ディスク。いずれも、続けようと思えば続けられたものである。既存企業の再定義が進まない最大の理由は、新しいものを始められないことではない。古いものを終わらせられないことである。
取り出せること3 — 資本配分の対象を変えること。 音楽カタログ、IP、外部企業への出資。これらは設備投資の枠では議論されにくい。多くの既存企業の資本配分会議で議題になるのは、設備と買収である。人と権利と外部関係は、経費として扱われやすい。
取り出せない条件も、正直に書く。 同社には、数十年かけて積み上げた海外の事業基盤がある。米国に音楽と映画の中核会社を持ち、経営の言語も人材も国際化していた。多くの既存企業には、この前提がない。
さらに、同社は二〇〇〇年代に深刻な業績悪化を経験している。危機の記憶は、変革の正当性を社内に与える。危機を経ていない企業が同じ速度で動こうとすれば、社内の抵抗はより強くなる。
加えて、創業以来、複数の事業を抱える構造が続いてきた。単一事業から出発した企業が、同社の型をそのまま輸入することはできない。企業再定義成熟度モデルの適正水準は、業種と環境によって異なる。模範として輸入してはならない。
第一原理の第六項は、Enterprise Exists to Redefine Itself. と述べる。企業は自らを再定義するために存在する。ここで言う再定義は、DXでも改革でもない。DXには終わりがあるが、企業再定義に終わりはない。最後に、三つの問いを置く。次の経営会議で答えを出せる問いである。問い1 — 自社の事業をまたいで通用する価値の単位は、何と呼べるか。売上でも利益でもない単位である。それが言えないなら、その企業はまだ事業の集合体であって、一つの企業ではない。
問い2 — いま自社が持っている「安定装置」は、何を犠牲にして安定を買っているか。
安定は無償ではない。変動を吸収する仕組みは、同時に変化の必要性も吸収してしまう。手放す判断ができるのは、何が守られていたかを言語化できる企業だけである。
問い3 — 三年以内に終わらせると決めた事業は、いくつあるか。これはEnterprise Redefinitionの第一段階、Recognizeの問いに接続する。我々の企業についてのどの前提が、いま陳腐化しつつあるのか。この問いに答えられるのは、AIではない。AIは前提を検証できる。どの前提を疑うべきかを決めるのは、人間である。
Sonyが再定義したのは、事業構成でも、収益源でもない。事業を束ねる単位そのものである。
装置を売る会社は、装置の数で自らを測る。感動を届ける会社は、関係の継続で自らを測る。測る単位が変われば、捨てられるものと守るべきものが入れ替わる。金融を出し、EVをやめ、ディスクを終える判断は、いずれも同じ単位から出ている。
そして、この転換はまだ完了していない。最終赤字と過去最高益が同じ年に並ぶ企業を、完成した姿として読んではならない。私たちが見ているのは成果ではなく、順序の証拠である。Purpose があり、Learning があり、Redefinition があり、Creation があり、最後に Enterprise Value が来た。
この順序は、どの企業にも開かれている。開かれていないのは、終わらせる判断を制度として持つことのほうである。
本章のまとめ
- Sonyが再定義したのは、事業構成でも収益源でもなく、事業を束ねる価値の単位である。
- 公開情報から読み取れる範囲では、パーパスと事業は継続的再定義企業、一部は改善型企業に近い。
- 価値はPurposeを起点に、Learningを経てRedefinitionへ至る区間で生まれた。
- 平準化装置を手放した以上、IPの当たり外れが連結の変動として直に出る。
重要概念
Purpose(目的)/Future Value Chain(未来価値連鎖)/Future Capital(未来資本)/Human-on-the-Loop Management/媒体の型/所有から利用への型(→ 第VI巻 059)
関連概念
Purpose → Learning → Redefinition → Future Capital → Enterprise Value
関連する第一原理
Principle 1 — Purpose Precedes Profit. Principle 3 — Capital Exists to Create Possibility. Principle 4 — AI Optimizes. Humans Define. Principle 6 — Enterprise Exists to Redefine Itself.
関連する章
- 第VI巻 059「Enterprise Redefinition事例」— 媒体の型と所有から利用への型の定義
- 第III巻 028「Purposeは企業価値を変えるのか?」— 共通の価値単位を置く意味を扱う
- 第VI巻 056「投資を再定義するとは?」— 安定装置を手放す資本配分の読み方
- 第V巻 044「企業再定義成熟度モデル(ERMM)とは?」— 次元ごとに水準が割れる読み方
関連論文・既刊
- Kadowaki, N. (2026). Future Value Theory: A Management Framework for Enterprise, Capital, and Society in the Age of AI. VURA Working Paper. SSRN: https://ssrn.com/abstract=7120980 / Zenodo: https://doi.org/10.5281/zenodo.21255662
- Kadowaki, N. (2026). Enterprise Redefinition: Toward an Enterprise Evolution Theory for the Age of AI. VURA Working Paper.(Zenodoにて公開。SSRNは審査中)
- 『AI時代の経営100の問い』#090「AI時代、日本企業は勝てるのか?」
次に読むべき章
→ 第X巻 091「IBMは何を再定義したのか?」
参照した情報源(いずれも2026年8月1日確認)
- ソニーグループ 2025年度連結業績(米国証券取引委員会提出 Form 6-K、2026年5月)
https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/313838/000110465926057456/tm2613222d2_6k.htm
- ソニーグループ 2025年度連結業績概要(決算説明会資料、2026年5月8日適時開示)
https://www.nikkei.com/nkd/disclosure/tdnr/20260507518955/
- ソニーグループ 2026年度第1四半期 連結業績概要(2026年7月31日適時開示)
https://www.nikkei.com/nkd/disclosure/tdnr/20260730504254/
- AV Watch「ソニーG、’26年度第1四半期は増収増益」2026年7月31日 https://av.watch.impress.co.jp/docs/news/2129615.html
- 4Gamer「ソニーグループ,2025年度通期の連結業績を発表」2026年5月8日https://www.4gamer.net/games/990/G999027/20260508018/
- Business Insider Japan「過去最高売上・利益のソニーG」2026年5月https://www.businessinsider.jp/article/2605-sony-fy2025-earnings-strategy/
- ITmedia NEWS「ソニーが打ち出した『AIによる成長』と“ただし書き”の中身26年度経営方針説明会」2026年5月11日https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2605/11/news089.html
- 日経クロストレンド「ソニーのパーパスはなぜ従業員に支持されたか」 https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00636/00002/
- PHILE WEB「ソニーの存在意義は『クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす』こと」2019年5月21日https://www.phileweb.com/news/d-av/201905/21/47427.html
- ソニーグループ 金融事業のパーシャル・スピンオフに関する適時開示(2025年5月14日)
https://www.nikkei.com/nkd/disclosure/tdnr/20250513548138/
- KADOKAWA/ソニーグループ「KADOKAWAとソニー、戦略的な資本業務提携に合意」
https://group.kadokawa.co.jp/information/media-download/1430/94c4da872fbad0e5/
- PlayStation.Blog「PlayStationコンソール向け新作ゲームのディスク生産を2028年1月に終了」2026年7月1日https://blog.ja.playstation.com/2026/07/01/20260701-playstationphysical-disc-production-announcement-o/
- Game*Spark「PS5ディスク製造終了は『コンテンツのデジタル化』が主因とソニーが説明」2026年7月31日https://www.gamespark.jp/article/2026/07/31/170025.html
- ソニー・ホンダモビリティ「第1弾モデル『AFEELA 1』および第2弾モデルの開発と発売の中止について」2026年3月25日https://www.shm-afeela.com/ja/news/2026-03-25/
- ソニー・ホンダモビリティ「ソニー・ホンダモビリティの今後の事業の方向性について」2026年4月21日https://www.shm-afeela.com/ja/news/2026-04-21/
- ソニーセミコンダクタソリューションズ「2026年7月28日発生の熊本県熊本地方を震源とした地震の影響について」2026年7月29日https://www.sony-semicon.com/ja/info/2026/2026072901.html
- ITmedia NEWS「タムロン、ソニーからの買収提案認める 特別委員会を設置して検討」2026年7月30日news/article/2607/30/2000000292/https://www.itmedia.co.jp/
第IX巻 巨大企業は何を再定義したのか