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第070章 人材は企業価値になるのか?

「人は財産である」と、私たちは繰り返し語ってきた。しかし、この文は命題ではなく標語である。財産だと言いながら、制度は人を費用として扱う。市場も、人材の厚みを直接には値付けしない。本章が問うのは、その落差である。人的資本は、どの経路をたどって企業価値へ転換されるのか。何が開示され、投資家はそれをどう使い、何が見えないまま残るのか。人材の要件は第II巻016で、人材の範囲は第V巻048で扱った。本章は、財務と開示の側から人材を見る。

1 なぜ、いまこの問いが立つのか

企業の価値の源泉は、この半世紀で静かに移動した。かつて価値を生んだのは、工場であり、設備であり、在庫だった。これらは貸借対照表に載る。載るから、投資家は数えられた。企業の実力と、会計が映す像は、おおむね一致していた。

いま価値を生むのは、知識であり、データであり、関係であり、人である。人は貸借対照表に載らない。したがって、企業の実力と会計の像のあいだに隙間が生まれた。この隙間をどう埋めるかが、資本市場の未解決問題になっている。

ここに、三つの変化が重なった。

第一に、人的資本という語が、経営の言葉から制度の言葉になった。各国で、人に関する情報を投資家へ開示する枠組みが整いつつある。かつて人事部の内部資料だった数字が、公開文書に載るようになった。数字が公開されれば、説明責任が生じる。人材は、経営者が対外的に語るべき主題になった。

第二に、投資家の側が、無形の要素を評価しようと試み始めた。財務指標だけでは説明できない企業間の差が、あまりに大きくなったからである(→ 第IV巻 033参照)。説明できない差は、いつまでも放置できない。第三に、AIである。AIは、人が担ってきた作業の一部を引き受ける。すると「人が多いこと」の意味が変わる。頭数は、能力の代理変数として以前より弱くなった。同じ人数でも、AIを組み込んだ組織とそうでない組織では、産出がまったく違う。

三つの変化が重なった結果、問いの形が変わった。かつての問いは「人材をどう管理するか」だった。いまの問いは「人材はどう企業価値になるのか」である。管理の問いから、転換の問いへ移った。

そして、この問いには、答えが自明でない部分がある。人材が多い企業が、企業価値の高い企業とは限らない。教育投資の厚い企業が、必ず報われるとも限らない。人的資本と企業価値のあいだには、転換という過程がある。その過程を、私たちはほとんど言語化してこなかった。

本章が扱うのは、その転換である。

2 通説とその限界

この問いに対して、三つの答えが流通している。いずれも善意に基づく。しかし、いずれも転換の過程を素通りしている。

通説1「人は最大の資産である」

最も広く語られる答えである。株主総会でも、入社式でも、中期経営計画の巻頭でも語られる。この文に正面から反対する経営者はいない。問題は、反対されないことにある。反証できない命題は、意思決定を動かさない。実際、この文を掲げた企業でも、業績が下振れすれば人件費の抑制が先に議題に上がる。標語は、会議の結論を変えないのである。なぜ変えないのか。制度上、人は資産ではないからである。人への支出は、当期の費用として処理される。この会計上の非対称が意思決定を歪める仕組みは、第V巻048で四つの経路として整理した。ここでは再説しない。

本章にとって重要なのは、その先である。仮に会計が人を資産計上したとしても、人が企業価値になる保証はない。資産に載ることと、価値を生むことは別だからである。標語の弱さは、会計制度のせいだけではない。転換の過程を語っていないことのほうが、はるかに重い。

通説2「人的資本を開示すれば、企業価値に反映される」

二つ目は、より新しく、より実務的である。開示を整える。指標を並べる。投資家へ説明する。そうすれば、見えていなかった価値が株価に織り込まれる、という論理である。

前半は正しい。開示は情報の非対称を減らす。減らせば、不確実性に対する過度な割引は解消しうる。しかし、後半は成り立たない。開示は写像であって、実体を作る行為ではない。

写していないものは、写像を精緻にしても現れない。そして、いま開示されているものの多くは投入量である。何人いるか。何時間研修したか。どの比率で構成されているか。投入量は、能力の水準を示さない。まして、能力が更新されている速度を示さない。

開示を熱心に強化した企業が、その努力に見合う評価を得られないことがある。原因は開示の巧拙ではない。開示された項目と、価値を生んでいる要素が、そもそもずれている。ずれたまま解像度だけを上げても、像は結ばない。

通説3「従業員のエンゲージメントを高めれば、業績が上がる」

三つ目は、データを伴う点で強い。従業員の満足度と業績の相関を示す調査は数多い。だから、施策の根拠として使いやすい。

しかし、相関は因果の方向を教えない。業績が良いから処遇が良く、処遇が良いから満足度が高い、という順序もありうる。第三の要因が両方を押し上げている可能性も残る。

さらに厄介なのは、指標が目標になった瞬間の変質である。満足度調査が評価や賞与に接続されると、数字は上がる。上がった数字は、もはや実態を映していない。指標を経営目標へ格上げすることの危うさは、第III巻026で論じたとおりである。

三つの通説には、共通の欠陥がある。人的資本と企業価値を、直結した二点として扱っていることである。あいだに何があるのかを問わない。だから、うまくいかないときに、どこが詰まっているのかも分からない。詰まりの場所が分からなければ、打ち手も選べない。

3 再定義 — 人的資本とは、転換されうる潜在量である

3.1 人的資本という概念は、どこから来たのか

人的資本という語は、経営から生まれたのではない。経済学から来た。一九六〇年代、シオドア・シュルツやゲイリー・ベッカーらは、教育と訓練を消費ではなく投資として捉え直した。学校教育も、企業内訓練も、将来の所得を高めるための支出である。ならば、それは資本の形成にほかならない。この視点の転換が、人的資本論の出発点になった。

この転換には、明快な帰結があった。投資である以上、収益率が計算できる。教育年数と生涯所得の関係を測れば、その収益率が推定できる。人への支出は、情緒の問題から、計算の対象へ移った。人的資本という語が持つ力は、この一点にある。

ベッカーは、さらに重要な区別を導入した。一般的な人的資本と、企業特殊的な人的資本の区別である。前者は、どの企業でも通用する能力を指す。後者は、その企業の内部でだけ価値を持つ能力を指す。

この区別が経営にとって決定的なのは、費用と収益の帰属を説明するからである。一般的な能力への投資は、本人が転職すれば持ち出せる。だから企業は、その費用を負担しにくい。企業特殊的な能力は持ち出せない。だから企業が負担する動機を持つ。長期雇用と企業内教育を組み合わせてきた企業は、この論理でよく説明されてきた。日本ではこの組み合わせがとくに鮮明に現れる。

そして、ここに人的資本の最も重要な性質が現れる。人的資本は、人に帰属する。企業には帰属しない。 企業が持っているのは、その資本への継続的なアクセスである(→ 第V巻 048参照)。設備投資と人的投資が根本的に違うのは、この一点である。

3.2 古典的な枠組みは、どこで揺らいでいるか

AI時代に入り、ベッカーらの枠組みは二つの点で揺らいでいる。否定されたのではない。前提の一部が動いた。

一つは、企業特殊的な能力の一部が、システムへ移りつつあることである。手続きの記憶、社内の慣行、過去の経緯。これらは文書化され、AIが参照できる形になりつつある。人にしか宿らなかったものの一部が、人から離れる。離れた分だけ、企業特殊性は薄まる。

もう一つは、一般的な能力の陳腐化が速くなったことである。学んだ技能の有効期間が短くなれば、蓄えとしての人的資本の価値は目減りする。投資の収益率は、耐用年数に依存するからである。耐用年数が読めない資本は、量で語れない。

つまり、人的資本を「積み上げた量」として捉える見方は、前提の側から崩れている。量の議論を続ける限り、私たちは目減りする資産を数え続けることになる。

3.3 中心命題

以上を踏まえて、本章の中心命題を置く。

人的資本は、企業価値の原因ではない。企業価値へ転換されうる潜在量である。

潜在量であるとは、どういうことか。転換の仕組みがなければ、価値にならないということである。優秀な人がいることと、その優秀さが企業の価値になることは、別の事象である。前者は採用と育成の成果であり、後者は設計の成果である。

この命題は、Future Value Chain の順序と整合する。Purpose → Learning → Redefinition → Creation → Enterprise Value企業価値は最後に来る。人的資本は、この連鎖の入口ではない。連鎖を動かす燃料に近い。燃料があっても、機関がなければ動かない。機関にあたるのが、目的であり、学習の仕組みであり、再定義の作法である。

3.4 Human Capital と Learning Capital を分ける

量ではなく転換を問うために、二つの資本を分けておく。

Human Capital(人的資本) は、現時点で組織が接続している能力の総量である。Learning Capital(学習資本) は、その総量を更新し続ける能力である。前者は蓄えであり、後者は流れである。

前者は、放置すれば減耗する。技能は陳腐化し、人は離れ、文脈は薄れる。減耗は静かに進み、当期の数字には現れない。後者だけが、減耗の速度を上回る補充を可能にする。

第一原理の第五項が述べているのは、この非対称である。Learning Is the Ultimate Competitive Advantage. 学び続ける能力が最大の競争優位である。

人材の要件としてこの原理をどう読むかは、第II巻 016で論じた。本章の関心は別の側にある。すなわち、Human も Learning も、現在の開示の枠組みではほとんど測られていない、という事実である。

私たちが開示しているのは、投入した金額と時間である。保有している能力の水準ではない。まして、更新の速度ではない。開示の充実と、転換の設計は、別々に進めなければならない。

4 構造 — 方程式と、四つの転換経路

4.1 Future Capital Equation における位置

Future Value Theory は、企業の資本を次の式で捉える。Future Capital = Financial × Human × Learning × Trust × AI × Knowledge ×Ecosystem × Purpose八つの項が掛け算で結ばれている。足し算ではない。したがって、一項がゼロなら、積はゼロになる。

企業価値の文脈で、この式が示すことは三つある。

一つは、人的資本が単独では効かないことである。Humanをどれだけ大きくしても、Purpose がゼロなら積はゼロになる。目的に接続していない能力は、未来資本を増やさない。

二つは、Human と Learning が別項であることの意味である。人がいることと、その人が更新され続けていることは、別の資本として数えられている。開示は前者にかろうじて届き、後者にはほとんど届かない。

三つは、Trust が同じ式にあることである。人が顧客や社会との関係を築くとき、増えているのは Human ではなく Trust である。人的資本の効果は、他の項へ移し替えられた形で現れることが多い。人材への投資の成果を Human の欄だけで探すと、見つからない。

4.2 転換の四経路

人的資本が企業価値へ転換される経路は、四つに整理できる。効き方も、時間軸も、模倣されやすさも異なる。

第一の経路は、生産性である。 同じ投入で、より多くの産出を得る。効果は最も速く、財務価値へ直接届く。しかし、この経路は模倣されやすい。手順は伝わり、道具は買える。AIの普及は、この経路の差を平準化する方向に働く。

第二の経路は、イノベーションである。 新しい提供価値が生まれ、新しい収益源になる。効き始めるまでに時間がかかる。当期の費用と、数年後の収益が対応する。この非対称が投資を先送りさせる構造は、第VII巻 069で扱う主題である。

第三の経路は、信頼である。 顧客、取引先、地域社会、規制当局。関係を築くのは人であり、築かれた関係は組織に残る。第一原理の第八項は、Trust Compounds Faster Than Capital. と述べる。信頼は資本より速く成長する。ただし、信頼を担う人を失えば、失う速度もまた速い(→ 第VII巻 068参照)。

第四の経路は、再定義能力である。 前提が陳腐化したとき、企業を作り替える力である。この能力は、企業再定義能力として体系化されている(→ 第V巻 043参照)。最も長い時間軸で効き、最も模倣されにくい。四つを並べると、ある傾向が見える。速く効く経路ほど模倣されやすく、遅く効く経路ほど測りにくい。 短期の圧力が強い企業ほど、第一の経路へ資源を寄せる。寄せた結果、差がつかない場所で競うことになる。四つは独立していない。信頼の厚い組織は、外部と早く組める。早く組めれば、学習の量が増える。学習が増えれば、再定義の選択肢が広がる。経路は互いを強め合う。だから、どれか一つだけを設計しても、期待した効果は出にくい。

4.3 開示は、四経路のどれも測っていない

ここで、開示と転換のずれを正面から述べる。

開示される項目の多くは、第一の経路の手前にある投入量である。研修時間は、生産性の投入であって産出ではない。多様性の比率は、構成であって統合ではない。定着率は、流出していない事実であって、蓄積している事実ではない。

第二から第四の経路に至っては、対応する開示項目がほとんど存在しない。イノベーションを生む力も、信頼を担う力も、再定義する力も、投入量では表せないからである。

これは開示制度の欠陥ではない。開示は比較可能性を必要とする。比較可能性は標準化を必要とする。標準化は、数えやすい投入量を選ぶ。構造上、そうなるほかない。

したがって、経営者は二つの帳簿を持つ必要がある。開示のための帳簿と、転換を管理するための帳簿である。前者をどれだけ精緻にしても、後者は生まれない。

5 実像 — 開示の現場と、転換が止まる場所

5.1 人的資本開示という潮流を、構造として見る

制度の細部は、国と時期によって異なる。ここでは構造だけを述べる。大きく三つの層がある。第一層は、国際的なガイドラインである。人的資本に関する報告項目を体系化しようとする試みがあり、ISO 30414 はその代表として知られている。第二層は、各国の法定開示である。日本でも、有価証券報告書のなかで人的資本や多様性に関する記載が求められるようになった。第三層は、企業が自主的に出す統合報告書やサステナビリティ報告である。

三層に共通する構造がある。開示されるのは、数えられるものである。人数、構成、金額、時間、比率。そして、それらを補う方針の記述である。

そして、記述は比較できない。比較できないものは、投資家の分析工程では脇に置かれやすい。結果として、比較可能な数値だけが実質的に使われることになる。開示の総量が増えても、使われる情報の種類は増えない。

5.2 投資家は、それをどう使っているのか

使われ方は、おおむね三つに分かれる。

一つは、除外の判断である。極端に悪い数字を見つけて、投資対象から外す。安全衛生や離職に関する異常値は、この用途で使われる。

二つは、対話の材料である。数字そのものより、数字の背景を経営者に尋ねる。近年の機関投資家との対話では、この使い方が増えている(→ 第VIII巻 074参照)。

三つは、時系列の変化である。水準の絶対値ではなく、方向を見る。企業間の比較が難しい以上、同一企業の推移のほうが情報量が多い。

ここで注意すべきことがある。人的資本の数値が、企業価値の算定モデルへ直接入ることは、まだ稀である。多くの場合、それは前提の妥当性を確かめる補助情報として扱われる。

つまり、開示は 疑いを晴らす方向 には効く。評価を積み増す方向 には、まだ効きにくい。開示を増やせば評価が上がるという期待は、この構造を見落としている。

なぜ、補助情報にとどまるのか。理由は単純である。開示された数字と、将来の収益を結ぶ関係が確立していないからである。売上や利益であれば、過去との連続性から将来を推し量れる。研修時間にはその連続性がない。何時間の研修が、何年後に、いくらの収益を生むのか。この問いに、誰も答えを持っていない。

だからこそ、企業の側が経路を語る意味がある。数字を並べるのではなく、その数字がどの経路を通って価値になるのかを説明する。説明は比較できない。しかし、対話の質は変わる。

5.3 開示の限界を、一段深く述べる

限界は、三つある。

第一に、投入と成果の混同である。教育投資額は投入である。その投資によって組織が何をできるようになったかは、別の情報である。二つを結ぶ線は、開示のなかに存在しない。

第二に、水準の不可視である。同じ研修時間でも、内容が違えば結果は違う。同じ人数でも、能力の分布が違えば産出は違う。数えられるのは量であり、質ではない。

第三に、速度の不可視である。私たちが最も知りたいのは、この組織の能力がどれだけ速く更新されているかである。しかし、更新の速度を示す標準的な指標は、いまのところ存在しない。ないものは、開示されようがない。

開示は必要である。必要だが、十分ではない。この二つを同時に言い続けることが、経営者の役割である。

5.4 人材が企業価値にならないとき、何が起きているか

転換が止まる形は、三つある。いずれも珍しくない。

第一に、能力が個人に閉じている。 特定の一人だけが判断できる。その人が休むと、工程が止まる。この状態は、短期には効率が良く見える。しかし、企業の価値にはならない。企業の価値とは、特定の個人がいなくても再現される能力のことだからである。個人に閉じた能力は、その人が去った瞬間に消える。消えたことは、翌期の受注や品質の乱れとして、遅れて現れる。

第二に、目的と接続していない。 高い能力が、方向を持たないまま使われている。優秀な人が、誰も疑っていない前提の上で、精緻な仕事を続けている。式に戻れば、Purpose Human項が小さい状態である。掛け算だから、をどれだけ大きくしても積は伸びない。この形の失敗は、外からは勤勉な組織に見える。だから、発見が遅れる。

第三に、流出する。 ここには非対称がある。更新速度の高い人ほど、どこでも通用する。だから最初に去るのは、多くの場合、最も価値の高い人である。しかも、流出は当期の損益をいったん改善する。人件費が減るからである。財務指標は、喪失を利益として記録する。

三つに共通するのは、いずれも当期の財務諸表には現れないことである。現れないまま、数年後に現れる。そのとき、原因を人材に帰す経営者は少ない。市場環境や競合の動きが、代わりに理由として語られる。

5.5 では、経営者は何を測るべきか

VFI の設計思想を、人的資本へ援用する(→ 第III巻 026参照)。原則は三つである。実績ではなく能力を見る。水準だけでなく更新速度を見る。そして、単一の合成得点へ潰さない。

そのうえで、私たちは四つの観測点を提案する。これは制度上の開示項目ではない。経営の内部帳簿のための項目である。

一つ、移転率。重要な判断や技能のうち、二人以上が担えるものの割合である。能力が個人に閉じているかを見る。

二つ、接続率。人材へ向けた配分のうち、掲げた目的に直接ひもづく領域へ向かった割合である。方向を見る。

三つ、更新の痕跡。過去一年で、担当者が自ら前提を書き換えた事例の数である。学習資本の代理変数として使う。

四つ、流出の質。退職者の人数ではなく、退職によって失われた能力を言葉で記述できるかどうかである。数ではなく、内容を見る。

いずれも、他社と比較できない。比較できないことは欠点ではない。転換は、企業ごとに違う経路をたどるからである。見るべきは、自社の時系列である。そして、四つを合計して一つの点数にしてはならない。最も低い項目が、その企業の転換を止めているからである。

6 経営者への問い

ここまでを一行にまとめる。

人材は、そのままでは企業価値にならない。 生産性・イノベーション・信頼・再定義能力という四つの経路を通って転換されたときにだけ、企業価値になる。そして、いま開示されているものの多くは、その転換の手前にある投入量である。

人を大切にすることではない。開示を充実させることでもない。それらは前提であって、転換そのものではない。

最後に、三つの問いを置く。いずれも、次の経営会議で答えを出せる問いである。

問い1 — 自社が開示している人的資本の項目のうち、投入ではなく成果を示すものはいくつあるか。

数えていただきたい。おそらく、ほとんどが投入である。ならば、開示の項目を増やしても評価は動かない。動かすべきは、開示ではなく転換の側である。開示の担当部門だけに任せている限り、この作業は始まらない。

問い2 — 重要な判断のうち、一人しか担えないものはいくつあるか。その数が多いほど、人的資本は個人に閉じている。閉じた能力は、企業の価値として蓄積しない。移転の設計は、育成の設計とは別に必要である。育てることと、移すことは、違う仕事である。

問い3 — 昨年退職した人によって、何が失われたかを言葉で言えるか。言えないなら、私たちは失ったものを認識していない。認識していない喪失には、対策も打てない。離職率という一つの数字は、この問いに答えない。

三つの問いは、いずれも人の数を聞いていない。能力が、個人から企業へ移っているかを聞いている。

人的資本論は、人への支出を投資として見る視点を与えた。半世紀を経て、私たちはその先を問う必要がある。投資は、どの経路を通って価値になるのか。第一原理の第三項は、資本の役割をこう述べる。Capital Exists to Create Possibility. 資本は可能性を創るために存在する。可能性を創らない人的資本は、資本ではない。ただの人件費である。

そして、第一原理の第二項はこう述べる。Future Value Precedes Enterprise Value. 企業価値の前に、未来価値がある。人材は、この順序の上流にいる。上流を測らずに下流だけを管理する経営は、結果だけを眺めていることになる。

人材は企業価値になるのか。答えは、条件付きの肯定である。転換の設計を持つ企業では、なる。持たない企業では、ならない。そして、その差は開示書類には現れない。現れるのは、数年後の財務諸表である。

本章のまとめ

  • 人的資本は企業価値の原因ではない。企業価値へ転換されうる潜在量にすぎない。
  • 転換の経路は四つ。生産性、イノベーション、信頼、そして企業再定義能力である。
  • 人的資本は人に帰属する。企業が持つのは、その資本への継続的なアクセスである。
  • いま開示されている項目の多くは投入量であり、転換の成果を測っていない。

重要概念

Human Capital(人的資本)/Learning Capital(学習資本)/Future Capital(未来資本)/Enterprise Value(企業価値)/Enterprise Redefinition Capability(企業再定義能力)

関連概念

Learning → Human Capital → Future Capital → Enterprise Value → Financial Value

関連する第一原理

Principle 5 — Learning Is the Ultimate Competitive Advantage. Principle 3 — Capital Exists to Create Possibility. Principle 2 —Future Value Precedes Enterprise Value.

関連する章

  • 第V巻 048「人材を再定義するとは?」— 人材そのものの定義を組み替える
  • 第II巻 016「AI時代に求められる人材とは?」— 要件の側から同じ原理を読む
  • 第VII巻 068「信頼は企業価値になるのか?」— 四つの転換経路の一つを詳述する
  • 第IV巻 033「無形資産は未来価値なのか?」— 帳簿に載らない資本の一般論

関連論文・既刊

  • Kadowaki, N. (2026). Future Value Theory: A Management Framework for Enterprise, Capital, and Society in the Age of AI. VURA Working Paper. SSRN: https://ssrn.com/abstract=7120980 / Zenodo: https://doi.org/10.5281/zenodo.21255662
  • Kadowaki, N. (2026). Enterprise Redefinition: Toward an Enterprise Evolution Theory for the Age of AI. VURA Working Paper.(Zenodoにて公開。SSRNは審査中)
  • 『AI時代の経営100の問い』#002「AIが賢くなるほど、価値が上がる人間の能力」/#060「AI時代、社員の成長はどう変わるのか?」

次に読むべき章

→ 第VIII巻 071「AI企業の企業価値はどう決まるのか?」

第VII巻 企業価値の測り方

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