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第048章 人材を再定義するとは?

人材を再定義するとは、どういうことか。この問いは、しばしば「どんな人材が必要か」という問いと取り違えられる。しかし、二つは別の問いである。どんな人材が必要かは、要件の問いである。人材を再定義するとは、範囲の問いである。求められる資質と、それに合わせた人事の組み替えについては、第II巻 016で扱った。本章が問うのは、その手前にある。すなわち、私たちの企業にとって「人材」とは、そもそも誰を指すのか。雇用契約を結んだ人だけなのか。

1 なぜ、いまこの問いが立つのか

企業にとって人材とは誰か。長いあいだ、この問いに答える必要はなかった。答えは名簿にあったからである。雇用契約を結び、給与を払い、社会保険に加入させている人。それが人材だった。人事部の管掌範囲と、人材の範囲は、きれいに一致していた。

この一致は偶然ではない。二十世紀の企業は、価値創造に必要な能力を、できる限り内部へ抱え込む形で設計されていた。市場で取引するより、組織の内側に置くほうが安く済んだからである。人材を持つことは、能力を持つことと同義だった。だから名簿が人材の定義になりえた。いま、この一致が崩れている。崩れ方は三つある。

第一に、価値創造に関与する主体が、雇用契約の外へ広がった。業務委託、フリーランス、副業人材、パートナー企業の技術者、共同研究先の研究者。彼らは名簿に載らない。それでも、製品の中核を作っていることがある。

第二に、人が一つの企業に留まる期間が短くなった。退職は、関係の終了を意味しなくなった。辞めた人が顧客になり、取引先になり、共同創業者になる。名簿から消えた人が、価値創造に関与し続ける。

第三に、AIエージェントが実務の一部を担い始めた。これが決定的である。名簿にも、契約にも、組織図にも載らない主体が、現実の作業量を引き受ける。しかも、その量は年ごとに増えている。

三つの変化に共通するのは、一つのことである。価値を生んでいる主体の集合と、私たちが人材と呼んでいる集合が、ずれ始めた。 ずれた状態で人材戦略を立てれば、戦略は現実の一部にしか届かない。

016は、この名簿の内側にいる人について、どんな資質が要るかを論じた。本章は、名簿そのものを疑う。名簿は、いま何を数え落としているのか。

2 通説とその限界

この問いに対して、実務では三つの答えが流通している。いずれも運用としては成立している。しかし、いずれも人材の定義としては、もう保たない。

通説1「人材とは、雇用している人のことである」

最も広く採られている前提である。明示されることは少ない。しかし、人員計画も、要員数も、離職率も、エンゲージメント調査も、すべてこの前提の上で設計されている。境界線は雇用契約であり、線の内側だけが人材である。

この定義には、運用上の強みがあった。境界が明確で、数えられる。指揮命令が及ぶ。法制度とも整合する。曖昧さがないから、制度が作れた。しかし、いまこの定義は二つの問題を起こす。

第一に、能力の所在と一致しない。ある製品の中核技術を、雇用契約のない技術者が担っている。ある事業の顧客接点を、業務委託の担当者が握っている。この状態で「人材が足りている」と言えるかどうかは、名簿からは判断できない。

第二に、意思決定の視野を狭める。雇用契約の内側だけを人材と呼ぶ企業は、外側の主体を人材投資の対象と見ない。教育も、目的の共有も、関係の設計も、内側にだけ配られる。結果として、価値創造の実体の半分が、無設計のまま放置される。

通説2「人的資本の開示に対応すれば足りる」

二つ目は、より新しい答えである。人的資本を開示項目として整備する。教育投資額、多様性、定着率、後継者計画。数値を並べ、投資家へ説明する。人を資本として扱う方向としては、明確な前進である。

しかし、開示の枠組みは、対象範囲をほぼ従業員に限っている。だから測られるのは名簿の内側だけである。そして、測られないものは経営されない。開示の整備が進むほど、経営の視野は名簿の内側へ固定されていく。

さらに厄介なのは、開示指標が過去の実績で構成されていることである。研修時間も、定着率も、起きたことの記録である。私たちがFuture Value(未来価値)と呼ぶものは、まだ起きていない価値を創る能力である。過去の記録の集計は、その能力を直接には示さない。

開示は必要である。しかし、開示できる範囲を人材の範囲だと考えた瞬間、定義は測定に従属する。測れるものを定義にしてはならない。定義に合わせて、測り方を作り直す。 これが順序である。

通説3「外部の担い手は、調達の問題であって、人材の問題ではない」三つ目は、実務で最も根強い。社員は人事が見る。外部は購買と法務が見る。委託先の選定は相見積もりで行い、単価と納期で評価する。役割分担としては明快であり、統制も効く。

限界は、蓄積の側に現れる。購買の論理は、代替可能性を高めることを善とする。特定の相手に依存しないよう、複数社を競わせ、乗り換え可能な状態を保つ。この論理は、部品の調達では正しい。

しかし、価値創造の中核を担う相手に同じ論理を当てると、関係は蓄積しない。文脈を理解した相手が育たない。毎回、前提の説明から始まる。私たちが節約しているのは単価であり、失っているのは学習の連続性である。

第一原理の第八項は、この非対称を一行で述べている。Trust Compounds Faster Than Capital. 信頼は資本より速く成長する。逆に言えば、信頼を積まない設計は、複利の効く場所を自ら手放している。三つの通説には、共通の欠陥がある。人材を、企業の内部にある在庫として捉えていることである。誰を抱えているか、を問う。誰と価値を創っているか、を問わない。

3 再定義 — 人材とは、目的に接続した価値創造の主体である

Enterprise Redefinition(企業再定義)は、人材を次のように定義し直す。

人材とは、企業の Purpose(目的)に接続し、価値創造に貢献する主体の総体である。雇用契約は、その接続の一形態にすぎない。

この定義は、境界線を契約から目的へ移す。誰と契約しているかではなく、誰が同じ目的に向かって働いているかで、人材の範囲を決める。なぜ、契約を境界にできないのか理由は単純である。企業は、人的資本を所有できないからである。

設備は所有できる。特許も所有できる。しかし能力は、人の内側に宿る。企業が持っているのは、その能力へのアクセスであり、能力そのものではない。雇用契約とは、所有の証明ではない。継続的なアクセスを、比較的安定した形で確保する仕組みである。

そう捉えると、内部と外部の差は、質の差ではなく程度の差になる。正社員は、より長期で、より広い範囲のアクセスを持つ形式である。業務委託は、より短期で、より限定された範囲のアクセスを持つ形式である。どちらも接続であって、所有ではない。

私たちが「内部人材」と呼ぶとき、暗黙に所有を想定している。しかし、退職の自由がある以上、その想定は最初から成り立っていない。優秀な人ほど、いつでも接続を切れる。所有していると思い込むことの代償は、接続の質を設計しなくなることである。

人材ポートフォリオという発想定義を広げると、扱う対象が増える。増えた対象を統治するために必要なのが、人材ポートフォリオという発想である。

ポートフォリオとは、単なる寄せ集めではない。目的に対して、どの能力を、どの接続形式で、どれだけ確保するかを、意図して組み合わせた構成を指す。資本配分の対象として人材を見る、ということでもある。構成要素は、少なくとも五つある。雇用契約下の社員。業務委託・フリーランス。副業・兼業で関与する人。パートナー企業、大学、顧客を含む共創の相手。そして、企業を離れた元社員、すなわちアルムナイ。ここにAIエージェントを加えるべきかは、次節で正面から扱う。

重要なのは、比率ではない。多くの企業が最初に聞くのは「正社員は何割が適正か」である。しかし、適正比率という問いは、ポートフォリオの本質を外している。問うべきは、どの役割を、どの接続形式で担わせるかである。

保有から接続へこの転換を一語で言えば、保有から接続への移行である。

保有の発想では、経営の関心は数と定着に向かう。何人いるか。何年いるか。辞めさせないためにどうするか。接続の発想では、関心は別の場所へ移る。誰と、どんな目的で、どれだけ深く結ばれているか。切れたときに何が失われるか。

接続の質は、三つで決まる。目的の共有度、文脈の蓄積量、そして信頼である。この三つが厚い相手は、契約形式が何であれ、実質的に内部の人材と変わらない働きをする。逆に、契約が正社員でも、目的を共有していない人は、実質的に外部と変わらない。

ここで注意すべきことがある。接続への移行は、雇用を軽んじる主張ではない。むしろ逆である。接続の質という基準を持って初めて、どの接続を長期で持つべきかが判断できるようになる。

それでも、内部に持たねばならない人材とは誰かすべてを接続に置き換えられるわけではない。内部に持つべき人材が、確実に存在する。基準は三つである。

第一に、責任を引き受ける人。 意思決定には結果責任が伴う。責任は委託できない。誰かが最終的に引き受けねばならない。この機能を外部化した企業は、判断の主体を失う。

第二に、時間をまたぐ人。

企業の判断は、数年から十数年の射程を持つ。その射程を担うには、前の判断の理由を覚えている人が要る。契約が短いほど、この連続性は保てない。私たちが Future Horizon(未来射程)と呼ぶものは、人の在籍期間に支えられている。

第三に、文脈を持つ人。 言語化されていない前提、過去の失敗の理由、顧客との歴史。これらは文書に残らない。残らないものを保持できるのは、そこに居続けた人だけである。

この三つを言い換えれば、こうなる。内部に持つべきは、作業ができる人ではなく、判断・時間・文脈を担う人である。 作業の希少性は下がり続ける。判断と時間と文脈の希少性は、下がらない。

4 構造 — 資本の式と、会計の歪みと、AIの位置

再定義を実務へ接続するために、三つの構造を示す。

4.1 Human と Ecosystem は、別の項である

Future Value Theory は、企業の資本を次の式で捉える。Future Capital = Financial × Human × Learning × Trust × AI × Knowledge ×Ecosystem × Purpose八つの項が掛け算で結ばれている。足し算ではない。したがって、一つがゼロなら全体がゼロになる。

この式で注目すべきは、Human と Ecosystem が別の項として並んでいることである。人的資本(Human Capital)を担うのが Human 項である。企業の外へ広がる共創の資本(Ecosystem Capital)を担うのがEcosystem 項である。人材を名簿の内側だけで捉える経営は、Human 項だけを大きくしようとする経営である。

しかし積は、Ecosystem 項がゼロに近ければ伸びない。どれほど優秀な社員を集めても、外部との共創がなければ、未来資本は増えない。逆もまた真である。外部との連携だけを増やし、内部の判断力を空洞化させた企業は、Human 項を失う。

同じ式に AI 項もある。AIの導入は、この一項を大きくする行為である。他の項を放置してAIだけを増やしても、積は思うほど伸びない。人材の再定義とは、この式の複数の項を同時に設計し直すことにほかならない。

4.2 Enterprise Redefinition の第三次元が、すでに答えを示している

五次元の第三次元Organization(組織)は、次のように定義されている。

組織とは、人の集合ではなく、人・AI・パートナー・大学・顧客からなる価値創造システムである。

この定義は、組織の外延をすでに雇用契約の外へ広げている。人材の再定義は、この定義から必然的に導かれる帰結である。組織が人の集合でないなら、人材も社員の集合ではありえない。

ただし、組織の再定義と人材の再定義は同じではない。組織の再定義は、構造と権限の設計を扱う(→ 第V巻 047参照)。人材の再定義が扱うのは、その構造を担う主体の範囲である。前者は器の話であり、後者は誰が器に入るのかという話である。

4.3 人材は、なぜ会計上「コスト」なのか

ここで、最も見過ごされている構造に踏み込む。会計の扱いが、人材の意思決定を歪めているという問題である。

機械を買えば、資産に計上される。支出は貸借対照表に載り、耐用年数にわたって費用化される。人を雇えば、人件費として損益計算書に載る。当期の費用である。同じ「将来の生産能力への支出」でありながら、扱いが正反対になる。

歪みは、四つの経路で意思決定に効く。

第一に、人を減らすと当期利益が即座に改善する。 設備を減らしても同じ効果は出ない。短期の利益に責任を負う経営者にとって、人件費は最も操作しやすい変数になる。

第二に、人材への投資が、投資として見えない。 研修も、採用も、育成のための余剰時間も、すべて当期の費用である。効果は数年後に出る。費用は今期に出る。この非対称が、投資を先送りさせる。

第三に、外部化が生産性の改善に見える。 社員を業務委託へ置き換えると、人件費が外注費へ移る。一人当たり売上高は上がる。実体は変わっていない。指標だけが改善する。

第四に、外部の担い手は、そもそも人材の勘定に入らない。 外注費は仕入の並びで扱われ、人材投資の対象と見なされない。名簿の外にいる主体へは、目的の共有も、育成も、関係の設計も配られない。

私たちは「人的資本」という言葉を使う。しかし会計上、人は資本ではない。この言葉と制度の乖離が、経営の言葉を空語にしている。第一原理の第三項は、資本の役割をこう述べる。Capital Exists to Create Possibility. 資本は可能性を創るために存在する。人が可能性を創る主体であるなら、費用として扱う制度のほうを疑うべきである。

制度をすぐには変えられない。だから経営が行うべきは、会計とは別の管理帳簿を持つことである。誰が価値を創っているか。そこへ、いくら配分しているか。この二つを、雇用形態を問わず一枚に並べる。それだけで、見えていなかった配分の偏りが可視化される。

4.4 AIエージェントは、人材ポートフォリオに含めるべきか

正面から答える。含めるべきである。ただし「人材」としてではなく、「役割の担い手」として含める。

この区別は、言葉遊びではない。二つの理由がある。

含めるべき理由は、こうである。人材ポートフォリオの目的は、必要な役割が誰によって担われているかを設計することにある。AIエージェントが実際に役割を担っている以上、そこを空欄にした設計図は現実を映さない。含めなければ、能力の総量も、置き換えの影響も、教育の必要量も、正しく見積もれない。

同時に、「人材」と呼んではならない理由がある。AIは責任を引き受けられない。目的を持つこともできない。第一原理の第四項が述べるとおりである。AI Optimizes. Humans Define. AIは最適化する。人間は定義する。責任と目的を欠く主体を人材と呼べば、責任の所在が曖昧になる。したがって私たちは、設計の単位を組み替える。人材ポートフォリオを、役割ポートフォリオとして設計する。まず役割を定義し、次にその担い手を選ぶ。担い手の選択肢に、社員、外部人材、そしてAIエージェントを並列に置く。

この設計には、越えてはならない一線がある。責任を伴う役割の担い手に、AIを置かない。 これは能力の問題ではない。責任は引き受けられる主体にしか置けない、という構造の問題である。AIがどれほど高性能になっても、この線は動かない。

そしてもう一つ、会計の歪みがここでも効く。AIエージェントの費用も、人件費も、同じ費用の行に並ぶ。単価の比較は容易である。だから置き換えの判断は、単価の差だけで進みやすい。失われるのは、文脈と、判断と、育成の機会である。いずれも当期の数字には現れない。

5 実像 — 名簿を書き換えると、何が見えるか

理論を、経営の現場に重ねる。

5.1 全主体を一枚に並べる

私たちが企業に最初に勧めるのは、簡単な作業である。ある一つの製品や事業を選び、その価値創造に関与した主体を、契約形態を問わず全部書き出す。社員も、委託先も、パートナーも、顧客の担当者も、AIエージェントも、同じ紙に並べる。

この作業をした企業は、たいてい同じ反応をする。名簿に載っている人が、想像より少ないのである。中核の一部が、雇用契約の外にあることに気づく。そして、その外側には、誰も設計を担当していないことに気づく。

この一枚が、人材ポートフォリオの出発点になる。Enterprise Redefinitionの第一段階、Recognize(認識)の中心の問いは、こうであった。我々の企業についてのどの前提が、いま陳腐化しつつあるのか。人材の文脈での答えは明快である。人材とは社員のことである、という前提である。

5.2 アルムナイという未計上の資本

退職は、通常、損失として扱われる。離職率という指標も、低いほど良いとされる。しかし接続の発想に立つと、見え方が変わる。

辞めた人との関係は、切れたのではなく、形が変わっただけである。元社員は、自社の文脈を理解している数少ない外部の主体である。彼らが取引先になり、共同研究の相手になり、再び戻ってくることもある。事実、アルムナイのネットワークを制度として運営する企業は、日本でも増えている。

ここで重要なのは、制度の有無ではない。退職を関係の終了と定義するか、形式の変更と定義するかである。定義が変われば、退職時の対応も、その後の接点の持ち方も変わる。これは Future Capital Equation のEcosystem 項と Trust 項を、同時に厚くする行為である。

5.3 委託先を、購買ではなく接続として扱う

ある企業が、開発の一部を長く同じ委託先に任せていたとする。購買の論理では、依存はリスクである。相見積もりを取り、乗り換え可能性を確保すべきだと判断される。

しかし、その委託先が自社の顧客と製品の歴史を理解しているなら、乗り換えは単価の節約と引き換えに、文脈の喪失を招く。文脈は、契約書に書かれていない。だから、失ってから気づく。

私たちが勧める運用は、単純である。委託先を二層に分ける。代替可能な作業を担う層と、文脈を共有する層である。後者には、目的を共有し、情報を開き、複数年の関係を前提に設計する。接続の深さを、意図して差をつける。 全部を等距離に置く設計は、公平に見えて、実は蓄積を放棄している。

5.4 AIエージェントに、役割の名前を与える

AIエージェントを役割の担い手として扱うとは、実務では何をすることか。

第一に、役割に名前を与える。「調査の初稿を作る」「異常値を検知して報告する」といった単位で、担う範囲を明記する。第二に、その役割の責任者を人間で指名する。エージェントが担う仕事の結果責任は、必ず特定の人間が持つ。第三に、出力の質を定期的に検証する担当を置く。この三点を行うと、AIエージェントは組織図の外の便利な道具から、設計された役割の担い手に変わる。同時に、人間の側の役割も明確になる。人間は、定義し、検証し、責任を負う側に移る。

これは Human-on-the-Loop Management の考え方と一致する。人間はループの上に立ち、個々の出力を追いかけるのではなく、システム全体を設計する。人材ポートフォリオとは、そのシステムの担い手の配置図にほかならない。

5.5 逆の実像 — 二つの失敗

失敗の形は、対称的な二つに分かれる。

一つは、すべてを内部に持とうとする企業である。能力を抱え込み、外部との共創を最小化する。統制は効く。しかし、変化の速度に追いつけない。必要な能力が変わるたびに、採用と育成で埋めようとして、時間が足りなくなる。Ecosystem 項が小さいまま固定される。

もう一つは、すべてを外へ出す企業である。効率は上がる。当期の指標も改善する。しかし数年後、判断できる人がいなくなる。委託先の見積もりの妥当性を評価できない。技術の選択の是非を判断できない。空洞化は、静かに、そして不可逆に進む。

どちらの失敗も、原因は同じである。比率で考え、役割で考えなかったことである。何割を内部に持つかは、答えの出ない問いである。どの役割を内部に持つかは、答えの出る問いである。

6 経営者への問い

ここまでを一行にまとめる。

人材を再定義するとは、人材の範囲を雇用契約から目的への接続へ移し、社員・外部人材・アルムナイ・共創相手・AIを役割ごとに配置し直し、そのうえで責任と時間と文脈を担う人材だけは内部に持ち続けると決めることである。

要員数を最適化することではない。外部化を進めることでもない。それらは、この設計の結果として出てくる数字にすぎない。

最後に、三つの問いを置く。いずれも次の経営会議で答えを出せる問いである。

問い1 — 自社の「人材」に、何人が数えられているか。

人員計画の数字を確認していただきたい。そこに、業務委託の技術者は入っているか。共創相手の研究者は入っているか。入っていないなら、私たちは価値創造の一部を、無設計のまま外に置いている。数え方を変えるだけで、見える景色は変わる。

問い2 — 人へ流れた支出のうち、雇用契約の外へ出た割合はいくらか。そして、それは誰が管掌しているか。

人件費と外注費を並べていただきたい。多くの企業で、後者は前者に迫る規模になっている。それでも、後者を人材の観点から設計している部門は、たいてい存在しない。管掌者のいない資本は、蓄積しない。

問い3 — AIエージェントが担っている役割を、名前で言えるか。言えないなら、その役割は設計されていない。設計されていない役割は、責任者も、検証者もいない。そして、そこで失われつつある人間側の訓練機会にも、誰も気づかない。名前を与えることが、統治の第一歩である。

三つの問いは、いずれも人材の量を聞いていない。誰が私たちと未来を創っているのかを聞いている。

人材を保有物と見る限り、経営の関心は数と定着に向かう。人材を接続と見るとき、関心は目的と信頼へ移る。前者は管理の言葉であり、後者は設計の言葉である。第一原理の第九項は、こう述べている。Leadership Means Designing the Future. 経営とは未来を設計することである。そして、第一原理の第六項はこう述べる。Enterprise Exists to Redefine Itself. 企業は自らを再定義するために存在する。企業が自らを再定義するなら、誰がその企業を構成しているのかという定義も、同じ頻度で書き換えられねばならない。名簿を固定したまま企業だけを再定義することは、できない。

人材を再定義するとは、名簿を疑うことである。そして、疑ったあとに残るのは、より小さな内部と、より広い接続である。その両方を同時に設計できる企業だけが、未来資本を積み上げていく。

本章のまとめ

  • 人材を再定義するとは、人材の境界を雇用契約から Purpose への接続へ移すことである。
  • 企業は人的資本を所有できない。持っているのは能力への継続的なアクセスにすぎない。
  • 社員・委託先・アルムナイ・共創相手・AIを、役割ごとに配置し直す発想が要る。
  • 内部に持つべきは作業ができる人ではない。責任と時間と文脈を担う人だけである。

重要概念

Enterprise Redefinition(企業再定義)/Future Capital(未来資本)/Future Horizon(未来射程)/Ecosystem(エコシステム)/Humanon-the-Loop Management

関連概念

Purpose → 目的への接続 → 人材ポートフォリオ → Future Capital → Future Value

関連する第一原理

Principle 3 — Capital Exists to Create Possibility. Principle 6 —Enterprise Exists to Redefine Itself. Principle 8 — Trust Compounds Faster Than Capital.

関連する章

  • 第II巻 016「AI時代に求められる人材とは?」— 個人の側から見た人材の要件を先に扱う
  • 第VII巻 070「人材は企業価値になるのか?」— 人材が企業価値へ変わる筋道を正面から扱う
  • 第V巻 047「組織を再定義するとは?」— 人を配置する器の側、四層の設計を扱っている
  • 第I巻 009「AIと人間はどう役割分担すべきか?」— AIに役割の名前を与える前提を整える

関連論文・既刊

  • Kadowaki, N. (2026). Future Value Theory: A Management Framework for Enterprise, Capital, and Society in the Age of AI. VURA Working Paper. SSRN: https://ssrn.com/abstract=7120980 / Zenodo: https://doi.org/10.5281/zenodo.21255662
  • Kadowaki, N. (2026). Enterprise Redefinition: Toward an Enterprise Evolution Theory for the Age of AI. VURA Working Paper.(Zenodoにて公開。SSRNは審査中)
  • 『AI時代の経営100の問い』#042「AI時代の会社に、人が集まる理由」/#065「AI時代、人は何によって会社に留まるのか?」

次に読むべき章

→ 第V巻 049「ブランドを再定義するとは?」

第V巻 企業再定義とは何か

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