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第036章 未来価値を創る経営とは?

稟議書の第一項は書き換えた。経営会議の議題も並べ替えた。予算にも未来資本の枠を置いた。それでも、新しい価値が生まれない企業がある。逆に、様式の整備が遅れていながら、次々と存在しなかった市場を立ち上げる企業がある。両者を分けているものは、制度ではない。制度を動かす側の姿勢である。本章は「創る」という動詞に立ち戻り、未来価値を創る経営とは何かを問う。

1 なぜ、いまこの問いが立つのか

第III巻・第IV巻はここまで、未来価値を定義し、企業価値との順序を示し、測る指標を置き、実務へ載せる様式を定めてきた。理論としても、制度としても、輪郭はほぼ出そろっている。

それでも、一つの問いが残る。

同じ理論を読み、同じ制度を入れた二社が、なぜ違う結果になるのか。これは、経営理論が繰り返し突き当たってきた壁である。目標管理も、スコアカードも、品質管理の手法も、導入した企業のすべてで機能したわけではない。同じ仕組みが、ある企業では価値を生み、別の企業では書類を増やして終わる。差は仕組みの側にはない。仕組みを使う側にある。Future Value Theory も、この点で例外を主張しない。理論も様式も、必要条件である。しかし十分条件ではない。様式の設計そのものは前々記事に譲る(→ 第III巻 027参照)。本章が扱うのは、その先にある層である。

そして、ここから先を述べる言葉を、私たちはまだ十分に持っていない。制度は名詞で書ける。会議体、書式、暦、勘定科目。いずれも図に描ける。しかし「創る」は動詞である。動詞は図に描けない。人の中にしか存在しない。

Book1 が全章を終えたあとに「A Call to Action(行動への呼びかけ)」を置くのは、このためである。理論書の末尾に行動が置かれるのは、装飾ではない。理論の構造上、そこで終えるほかないからである。未来価値は、誰かが創ると決めないかぎり、永久に存在しない。

したがって本章の問いは、次の形をとる。制度を入れても未来価値が生まれない企業と、生まれる企業を分けているものは何か。 答えは、経営者と組織の姿勢にある。姿勢とは、曖昧な精神論ではない。以下で述べるとおり、それは一つの動詞の選択であり、五つの態度の維持であり、四つの前提の自覚である。

2 通説とその限界

「未来価値を創る経営」という言葉には、すでに三つの解釈が流通している。いずれも半分は正しい。しかし、いずれも創れない企業を創れるようにはしない。

通説1「未来価値を創るとは、新規事業を立ち上げることである」

最も広く共有された解釈である。新規事業部を置く。社内起業の制度を作る。出島組織を切り出す。コーポレートベンチャーキャピタルを設ける。これらは有効な手段であり、否定する理由はない。

しかし、この解釈は「創る」を組織の一部分に閉じ込める。新規事業部が創り、他の部門は既存事業を守る。この分業が成立した瞬間、企業の大半にとって未来価値は他人事になる。

さらに深刻な問題がある。新規事業の多くは、既存事業の延長線上で構想される。既存の顧客に、既存の技術で、隣の市場を狙う。それは事業の追加であって、価値の創造とは限らない。売上の項目が増えても、企業がまだ存在しない価値を扱えるようになったわけではない。

通説2「未来価値を創るとは、創業者型の経営者にしかできないことである」

二つ目は属人論である。強い意志。長い視野。損失を恐れない胆力。たしかに、そうした経営者が新しい産業を立ち上げてきた事例は多い。しかし、この解釈は説明を放棄している。創業者型でない経営者には何もできない、という結論しか残らないからである。実際には、事業承継者や内部昇格の経営者が企業を再定義した例は少なくない。逆に、創業者が率いながら過去の成功に縛られた企業もある。

属人論の本当の問題は、姿勢を性格の問題にしてしまうことである。性格は変えられない。しかし姿勢は選べる。何を議題にするか。どの問いから始めるか。失敗をどう扱うか。これらはすべて選択であり、選択は明日から変えられる。

通説3「未来価値を創るとは、正しい制度を入れることである」

三つ目は、本シリーズが027で述べた立場に最も近い。だからこそ、限界を正確に述べておく必要がある。

様式は、正しさを現場へ運ぶ経路である。経路がなければ理論は届かない。しかし経路は、運ぶ荷物そのものを作らない。稟議書の第一項にPurpose との接続を書く欄を設けたとする。書く人が未来を構想していなければ、その欄は既存案件の後付けの説明で埋まる。

制度は行動を規定する。ただし制度が規定できるのは、行動の形式である。中身は規定できない。ここに、制度設計の原理的な限界がある。三つの通説に共通する欠落は同じである。いずれも「創る」を、組織の一部・特定の人物・特定の仕組みに割り当てようとしている。しかし創造は割り当てられない。割り当てられるのは作業だけである。

では、創るとは何をすることなのか。動詞のレベルまで降りて定義し直す。

3 再定義 — 「創る」とは、どういう動詞か

経営の現場で使われる動詞は、実際には四つに分かれる。改善する。対応する。取り込む。創る。日常語ではほとんど区別されずに使われている。しかし、構造がまったく違う。

3.1 四つの動詞を分ける

改善する。 与えられた枠の内側で、効率や品質を上げる。基準は既存の自社にある。昨年の水準より良くする。この動詞は強力であり、日本企業が最も得意としてきた。しかし枠そのものは問われない。企業再定義成熟度モデル(Enterprise Redefinition Maturity Model: ERMM)のレベル2、改善型企業の記述はこの動詞を正確に描いている。根本的には変わらないまま、ますます効率的になっていく。

対応する。 外部で起きた変化に合わせて、自社を調整する。基準は外部にある。規制が変わったから体制を変える。競合が値下げしたから追随する。市場が縮小したから撤退する。この動詞も必要である。しかし常に事後である。レベル1、受動型企業の姿がここにある。

取り込む。 他者が作ったものを自社へ導入する。基準は他社にある。AI導入の大半は、いまこの動詞で語られている。優れた技術を早く取り込むことには意味がある。しかし取り込みは、業界の全社で同じように進む。同じモデルが、ほぼ同じ価格で、ほぼ同じ速度で提供されるからである。取り込みの巧拙は差を生むが、その差は縮んでいく。

創る。 まだ存在しない価値を、存在させる。基準は自社の内側にも外側にもない。基準そのものを作る。

3.2 三つの動詞に共通する構造

改善する、対応する、取り込む。この三つには共通点がある。目的語がすでに存在しているということである。

改善する対象の業務は存在する。対応する対象の変化は存在する。取り込む対象の技術は存在する。だから三つとも、「対象を正しく認識できたか」が成否を決める。すなわち認識と分析の問題である。

そして認識と分析は、AIが最も得意とする領域である。改善の余地を探すこと。外部変化を検知すること。導入すべき技術を評価すること。これらの費用は、今後さらに下がる。

「創る」だけが違う。目的語がまだ存在しない。存在しないものは認識できない。分析もできない。データも存在しない。存在しないものを扱う唯一の方法は、誰かがそれを存在させると決めることである。

第一原理の第四項が述べるとおりである。AI Define. Optimizes. Humans AIは最適化する。人間は定義する。最適化とは、既にある選択肢の中から最良を選ぶことである。定義とは、選択肢の集合そのものを書き換えることである。

3.3 「創る」が成立する三つの条件

では、創るという動詞は、どんなときに成立するのか。三つの条件がある。

第一に、対象がまだ存在しないこと。 存在するものを取りに行くのは獲得であって、創造ではない。既存市場でシェアを奪うことは、価値の移転である。移転は必ず誰かの減少を伴う。創造は伴わない。ここが決定的に違う。

第二に、責任を引き受けること。 存在しないものを存在させると決めるとき、その決定を正当化する外部の根拠はない。市場調査は使えない。競合の事例も使えない。根拠のないところで決めるとは、結果の帰属を自分に置くということである。AIが責任を引き受けられないのは、性能の問題ではない。責任とは帰属先の問題だからである。

第三に、続けること。 一度創って終わるものは、創造ではなく単発の成功である。Future Value の第五要素、Continuity(継続性)はこれを指している。市場は変わる。技術は進化する。社会課題も入れ替わる。創り続ける能力だけが、未来価値の名に値する。

この三条件を、企業が制度として保有することはできない。制度が保有できるのは手続きだけである。三条件を満たせるのは、姿勢だけである。

3.4 創ることは、企業の最高目的である

第一原理の第十項は、こう述べる。Future Value Is the Highest Purpose of Enterprise. 未来価値こそ、企業の最高目的である。この一文は、目標設定の話ではない。企業という存在の定義である。企業は利益を出すために存在するのではない。利益は存在の結果である。企業は競争に勝つために存在するのでもない。競争は環境の性質にすぎない。

企業は、社会がまだ持っていない価値を創るために存在する。この定義を採るとき、「創る」は数ある選択肢の一つではなくなる。創らない企業は、うまくいっていない企業ではない。企業としての目的を果たしていない状態にある。

この含意は重い。だからこそ、次に問うべきは資質ではなく態度である。

4 構造 — 未来価値を創る企業に共通する五つの態度

姿勢を、五つの態度に分解する。並びは Future Value Chain の順序に従う。恣意的な列挙ではない。

4.1 未来を構想し続ける

第一の態度は、未来を構想し続けることである。

構想は予測と違う。予測は、いま見えている趨勢を延長する。誰が行っても近い答えになる。AIが行えば、なおさら収束する。構想は、どんな未来が存在すべきかを決める。ここには正解がなく、したがって差が生まれる。

Enterprise Redefinition Cycle の起点にある Future Vision は、三つの問いに答える。どんな未来が存在すべきか。なぜその未来が望ましいのか。その中で企業はどんな役割を果たすのか。三問とも、外部から答えを買うことができない。

重要なのは「し続ける」である。中期経営計画の策定期にだけ未来を語る企業は、この態度を持っていない。構想が三年に一度の行事であるとき、企業は残りの期間を、かつて構想した過去の未来の中で過ごすことになる。

4.2 学び続ける

第二の態度は、学び続けることである。

第一原理の第五項は、Learning Advantage. Is the Ultimate Competitive学び続ける能力が最大の競争優位である、と述べる。AI時代において、知識そのものは差にならない。知識は複製できる。複製の速度は年々上がっている。

差になるのは学習の速度である。より正確には、学んだ結果として自らを変える速度である。学習と再定義は連続している。学んでも変わらない企業は、学んでいるのではない。情報を集めているだけである。

この態度は、経営者自身の時間の使い方に最も鮮明に現れる。経営者が最後に自分の前提を書き換えたのはいつか。それを答えられない企業では、組織も前提を書き換えない。

4.3 社会課題を可能性に変える

第三の態度は、社会課題を可能性として見ることである。

第一原理の第七項は、Social Challenges Are Future Opportunities.社会課題は未来価値の源泉である、と述べる。正典はこれをFuture Resource(未来資源)と呼ぶ。社会課題の言い換えである。この言い換えは修辞ではない。課題を資源と呼ぶとき、扱い方が変わる。課題は避けるものである。資源は取りに行くものである。高齢化も、気候変動も、労働力の不足も、地域の衰退もそうである。未解決の需要がある以上、それはまだ誰も採掘していない鉱脈である。

ただし、資源は自動的に価値にはならない。Future Value Cycle が、その経路を示す。

社会課題 → Purpose → Future Value → Enterprise Value → Capital

→ 新しい挑戦 → 社会課題の解決 → さらに大きな Future Value

課題から企業価値へ直行する矢印は存在しない。必ず Purpose を経由する。社会課題を事業機会として語りながら Purpose を経由しない企業は、この循環に入れない。

4.4 Purpose を失わない

第四の態度は、Purpose を失わないことである。

前の三つが動き続けることを求めるのに対し、この一つだけが留まることを求める。ここに、未来価値を創る企業の非対称がある。

企業再定義の五次元のうち、Purpose だけは他の四つと性質が違う。事業も、組織も、資本も、経営体制も、時代に合わせて大きく書き換えられる。しかし Core Purpose は安定したまま、その表現と実現方法が進化する。芯が残っているから、事業をすべて入れ替えても組織は崩れない。Purpose を失うとは、掲げるのをやめることではない。掲げたまま、意思決定に使わなくなることである。失われた Purpose は、掲示物としては残る。だから、失ったことに気づかない。

4.5 変わり続ける

第五の態度は、変わり続けることである。

第一原理の第六項は、Enterprise Exists to Redefine Itself. 企業は自らを再定義するために存在する、と述べる。企業再定義は、DXでも改革でもない。DXには終わりがある。企業再定義には終わりがない。

企業再定義成熟度モデルのレベル4、継続的再定義企業の記述が、この態度を最も正確に描いている。変革を例外として扱わず、企業の再設計が通常の経営プロセスに埋め込まれている状態である。そして、外部の破壊が要求する前に、自らを再設計する。

ここで一つ、誤解を除いておく。レベル5を最速で目指すことが正しいのではない。業種と環境によって適正水準は異なる。問われているのは到達段階の高さではなく、五次元のバランスと組織の一貫性である。

4.6 五つは掛け算である

五つの態度は、次の式に対応している。

FVCC = Purpose × Learning × Redefinition × AI Integration × Ecosystem ×Capital Allocation × Trust Future Value Creation Capability(未来価値創造能力)は掛け算で表される。足し算ではない。したがって、一つの項がゼロなら全体がゼロになる。

これが、五つの態度を「強いものを伸ばして補う」対象にできない理由である。学習が卓越していても、Purpose がゼロなら、その企業は速く学びながらどこへも向かわない。構想が優れていても、再定義が起きなければ、構想は資料のまま残る。

最も弱い態度が、その企業の未来価値創造能力を決める。 経営者が見るべきは、得意な項ではない。ゼロに近い項である。

5 実像 — 創れない企業は、何を前提にしているか

制度を入れても創れない企業には、共通する前提がある。四つある。いずれも明文化されておらず、多くの場合、当人たちに自覚されていない。無自覚だからこそ、制度では外れない。

5.1 前提1「どこかに正解がある」

第一の前提は、この問いにはすでに正解があり、誰かがそれを持っている、という信念である。

この前提を持つ組織は、正解の所在を探す行動を取る。外部の助言者に聞く。先進企業を視察する。海外の事例を調べる。AIに問う。いずれも有用な行動であり、それ自体は否定されない。

問題は、探索が終わらないことである。まだ存在しない価値について、正解を持っている者は定義上どこにもいない。存在しない答えを探し続けるあいだ、時間だけが減る。

AIの普及は、この前提を強める方向に働く。問えば答えが返ってくるからである。しかしAIが返すのは、既に世界のどこかに存在した言説の再構成である。未来価値の定義上、それは正解ではありえない。

5.2 前提2「十分な情報が揃ってから動く」

第二の前提は、意思決定には十分な情報が必要である、という信念である。

これは通常の業務では正しい。設備投資も、人事も、情報が多いほど判断の質は上がる。だからこの前提は、組織のなかで強い正当性を持つ。しかし未来価値を創る意思決定では、情報は原理的に不足する。存在しない市場の規模は測れない。存在しない顧客の声は聞けない。情報が揃ったときには、その市場はすでに存在しており、創る対象ではなくなっている。

ここに、AI時代に固有の罠がある。AIは分析の費用を下げた。だから、以前よりずっと多く分析できる。その結果、「もう少し分析してから決める」という選択が、以前より安く、以前より正当に見える。分析の安さが、決定の遅さを合理化する。

5.3 前提3「失敗は避けるべきコストである」

第三の前提は、失敗を損失として扱う会計的な習慣である。

未来価値を創る過程では、失敗は情報の取得である。存在しない価値を扱う以上、試す以外に検証の方法がない。試して外れることは、その方向が違うという知識の獲得である。

しかし多くの企業では、失敗した案件の起案者に不利益が生じる。明文の罰則がなくても、次の起案が通りにくくなる、評価の記憶に残るといった形で作用する。この作用が一度でも観測されると、組織は学習する。確実に成功する案件だけを起案するという学習である。

そして、確実に成功する案件とは、既に存在するものを対象にした案件のことである。つまり、改善・対応・取り込みの三つだけが残る。創るという動詞は、書式からではなく評価の側から消えていく。

5.4 前提4「自社の枠は所与である」

第四の前提は、自社が何をする会社かは既に決まっている、という認識である。

これは最も見えにくい。事業領域、顧客、業界の区分、必要な資格や設備。これらは実際に存在しており、簡単には変えられない。だから、所与として扱うことに違和感が生じない。

しかし企業再定義の七段階プロセスは、最初の段階でこの前提を撃つ。Recognize(認識)の中心の問いは、我々の企業についてのどの前提が、いま陳腐化しつつあるのかである。そして Redefine(再定義)の中心の問いは、この企業は、何になるべきなのかである。

枠を所与とする企業は、この二問を立てられない。立てたとしても、答えが現在の枠の内側からしか出てこない。

5.5 なぜ、制度を入れても創れないのか

四つの前提が揃っていると、027で述べた五つの実装は、形式だけが残る。

稟議の第一項に Purpose との接続を書く欄を設けても、前提1が残っていれば、起案者は接続の「正解」を探しにいく。前提2が残っていれば、起案はデータが揃うまで出てこない。前提3が残っていれば、確実な案件だけが接続を主張する。前提4が残っていれば、接続は現在の事業領域の内側で説明される。

議題を Future Value Chain の順序へ並べ替えても同じである。上流の議題に時間を割く形はできる。しかし、そこで交わされる議論が「どこかにある正解を探す議論」であるかぎり、順序は形式にとどまる。

したがって結論はこうなる。027の五つの実装は必要条件である。十分条件ではない。 制度は姿勢を運ぶ器であり、器は中身を作らない。器だけを整えた企業が一年後に手にするのは、新しい官僚制である。

逆もまた真である。姿勢だけあって制度がない企業も、創り続けることはできない。経営者一代で終わる。制度は、姿勢を組織へ複製し、次の世代へ受け渡すための唯一の手段である。姿勢と制度は、どちらかを選ぶものではない。ここでも掛け算である。

6 経営者への問い — 明日、何を変えるか

ここまでを一行にまとめる。

未来価値を創る経営とは、まだ存在しない価値を存在させると決め、その決定の責任を引き受け、それを続ける姿勢を、制度によって組織へ複製し続ける経営である。

姿勢は性格ではない。姿勢は選択の集合である。だから、明日から変えられる。最後に、態度を変えるための起点を四つ置く。いずれも次の一週間で着手できる。

起点1 — 会議で最初に「わからない」と言う。

前提1と前提2を同時に外す方法は、これしかない。最上位の人間が正解を持っていないことを公言する。経営者が答えを持っているという前提が生きているかぎり、組織は探索を続ける。持っていないと言われて初めて、組織は自分で作り始める。これは弱さの表明ではない。まだ存在しない対象について、誰も答えを持っていないという事実の確認である。起点2—直近一年で最も学びの大きかった失敗を、経営会議で共有する。

前提3は、規程では外れない。失敗を歓迎すると宣言しても、評価の運用が変わらなければ、組織は運用のほうを信じる。効くのは、失敗した案件の起案者が不利益を受けていないという事実を、具体的な名前とともに示すことである。一件でよい。組織は宣言ではなく前例を見る。

起点3 — 「当社は何をする会社か」の答えを、一度書き換えてみる。前提4を外す訓練である。定款を実際に変える必要はない。現在の答えを一文で書き、その一文が十年後も成り立つかを問う。成り立たないと判断したなら、何になるべきかを書く。この作業を経営陣が同時に行い、答えを突き合わせる。答えが割れているなら、その企業はまだ再定義の段階に入っていない。

起点4 — 今期、確実には成功しない案件を一件、意図して承認する。四つの前提のうち、最も強固なのは前提3である。そして、これを崩すのに宣言は効かない。効くのは配分である。金額の大小は問わない。確実性を要件としない枠が予算表に一行でも存在するかどうかが、その企業の姿勢を決める。第一原理の第三項が述べるとおりである。Capital Exists to Create Possibility. 資本は可能性を創るために存在する。四つの起点は、いずれも制度の変更を伴わない。会議で発する言葉、共有する事実、書いてみる一文、承認する一件。すべて、明日の経営者が単独で決められる。

だからこそ、これらは制度より難しい。制度は決めれば動く。姿勢は、決めたあとも毎回選び直さなければならない。

最後に、時間について一点を述べる。

Future Value = Future Time × Future Capability未来価値は、未来時間と未来能力の積である。能力をどれだけ高めても、未来へ向ける時間がゼロなら、未来価値はゼロになる。AIは、経営者の時間を返しつつある。報告も、分析も、資料の作成も、人間の手を離れていく。

返ってきた時間を、何に使うか。過去の確認に使えば、企業は速く改善する。未来の構想に使えば、企業は創り始める。同じ時間の違う使い方が、十年後の二社を分ける。

未来価値を創る経営とは、その使い方を、毎週選び続ける経営である。

本章のまとめ

  • 未来価値を創る経営とは、まだ存在しない価値を存在させると決め、続ける経営である。
  • 改善・対応・取り込みは目的語が既に在る。創ることだけが、存在しない対象を扱う。
  • 創るが成立する条件は三つ。対象が未存在であること、責任を引き受けること、続けること。
  • 制度は姿勢を複製する道具にすぎない。制度を入れても、姿勢がなければ何も生まれない。

重要概念

Future Value(未来価値)/Continuity(継続性)/Future Time(未来時間)/企業再定義成熟度モデル

関連概念

Purpose → 責任の引き受け → Continuity → Future Time × Future Capability → Future Value

関連する第一原理

Principle 10 — Future Value Is the Highest Purpose of Enterprise. Principle 6 — Enterprise Exists to Redefine Itself. Principle 7 —Social Challenges Are Future Opportunities. Principle 3 — Capital Exists to Create Possibility.

関連する章

  • 第III巻 023「未来価値とは何か?」— 五要素と Continuity の定義をここで確定させている
  • 第III巻027「Future Value Management(未来価値経営)とは?」— 姿勢を支える制度の側
  • 第IV巻 037「Future Value Theoryの実践方法」— 姿勢を暦へ載せる手順を時間軸で示す
  • 第V巻 042「なぜ企業は再定義されるのか?」— 創り続けることが必然になる理由を扱う

関連論文・既刊

  • Kadowaki, N. (2026). Future Value Theory: A Management Framework for Enterprise, Capital, and Society in the Age of AI. VURA Working Paper. SSRN: https://ssrn.com/abstract=7120980 / Zenodo: https://doi.org/10.5281/zenodo.21255662
  • Kadowaki, N. (2026). Enterprise Redefinition: Toward an Enterprise Evolution Theory for the Age of AI. VURA Working Paper.(Zenodoにて公開。SSRNは審査中)
  • 『AI時代の経営100の問い』#099「AI時代、未来価値を創る企業とは何か?」/#056「AI時代、挑戦する企業だけが伸びるのか?」

次に読むべき章

→ 第IV巻 037「Future Value Theoryの実践方法」

第IV巻 未来価値の実践

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